風が強い日ですが快晴☀️
名鉄知立駅に降り立ちました。
2023年2月25日
今日は知立宿から岡崎宿を経て藤川宿までの予定でスタートします。
【道のり】
①知立宿〜岡崎宿
歩き始めると、江戸時代の知立宿の案内板や、ルートマップが立っています。
でもなんで表示が「池鯉鮒(ちりゅう)宿」???
「ちりゅう」と読めないし…
なんて思って、後で調べてみたら、この書き方は江戸時代に一般的に使われるようになったそうで😆
なんでも、当時知立神社の御手洗池に鯉や鮒が多くいたことが由来だとか!
当時の人達が面白い発想で名付けたんですね😆
住宅街を歩き、国道を渡ると立派な松並木が現れました!!
約500メートルほど続く松並木には、馬市が開かれていたことを示す馬市の址碑が立っています。
また、歌川広重が描いた池鯉鮒宿の絵には馬を育てる様子が描かれていて、大変賑わったそうです!!
松並木を過ぎて交通量が多い住宅街を歩いて行くと、街道から少し外れたところに吉田忠左衛門夫妻のお墓があります。
吉田忠左衛門は赤穂浪士の一人。
今は静かにご夫婦でこの地で眠っておられます。
住宅街を進んで行くと、来迎寺一里塚があります。
ここも両塚が残っている珍しい一里塚。
さらに行くと、元禄の道標が建っていました。
この道標、江戸時代の初め1696年に建立されたものだそうです!!
大友皇子御陵遺跡を過ぎて、矢作川を過ぎると岡崎市街に入ります。
矢作川を渡る手前に、「出合之像」が立っています。
誰と誰がで会ったのだろう???
案内板には、日吉丸(後の豊臣秀吉)と、小六正勝(後の蜂須賀小六)がここで初めて出会ったとの伝説があるそうで♬
立派な像が立っていました。
矢作川を渡ると右側に大きな蔵が立ち並ぶ通りを進みます。
ここは八丁蔵通り。
八丁味噌を作る蔵が建っている通りです。
八丁味噌は岡崎名物の豆味噌♬
かつて岡崎城から西へ八町離れた八丁村で作られていたことが名前の由来だとか♬
今も創業1337年の「まるや八丁味噌」を初め、江戸時代から続くお店もあります♬
私もお土産に買って帰りました😊
八丁蔵通りを過ぎるといよいよ岡崎城が近づいてきました!!
岡崎城は徳川家康が生まれた城。
日本100名城にも選定されています。
せっかくここまで来たので、岡崎城を見学♬
天気も良くNHKの大河ドラマの影響もあってか観光客が多く詰めかけていました😊
東海道は岡崎城の周りをくねくね多くの曲がり角を曲がって進みます。
「岡崎二十七曲がり」と言われる道で、城の防衛に役立ったそうです。
矢作橋からここ冠木門までが岡崎二十七曲がり。
冠木門は岡崎城下の江戸口にもあたります。
②岡崎宿〜藤川宿
岡崎宿を抜け住宅街や国道沿いを歩いて、次の藤川宿に向かいます。
途中、西大平藩陣屋跡の案内が。
ちょっと街道を外れて見に行きました。
ここはテレビドラマ「大岡越前」でも有名な大岡忠相が1748年譜代大名となり西大平に陣屋を設置したことが始まり。
立派な門構えが今も残ります。
大平橋を渡っていると川辺に馬の姿が!
馬が飼われていました!!
近くで見ると大きい!!😵
さらに進むと藤川宿に入ります。
松並木が残る坂道を登り、「塩の道」と呼ばれた吉良道に続く道標を過ぎれば藤川宿の中心地。
本陣跡などは次回のお楽しみとして名鉄藤川駅に向かい、この日は終了です😊
【見どころ】
①岡崎城
今日の道のりの一番はやっぱり岡崎城!
徳川家康生誕の城で天守閣がそびえる立派なお城です。
城塁や内堀も残っています。
岡崎公園の中にあり、岡崎市のシンボルになっています。
②岡崎二十七曲がり
岡崎の防衛や街道筋に店舗を並べて旅人をとどまらせる経済効果も狙った、岡崎宿の二十七曲がり。
矢作橋から冠木門までの間を27箇所くねくね曲がる道が続きます。
現在でもレストランやカフェなど、多くのお店が軒を並べていました。
③西大平藩陣屋跡
ドラマでも有名な北町奉行「大岡忠相」が治める西大平藩の陣屋跡です。
街道から少し外れますが、街道沿いに案内が出ているので、すぐにわかります。
大岡越前と言えばテレビの主人公の顔が浮かんでくるのですが…
【歩いてみて】
今回のコースも平坦な歩きやすい道でした。
途中コンビニや飲食店も多くあります。
今回は、松並木が多く残っていたことが印象的でした。
特に知立や藤川の松並木は立派で、雰囲気がとても良い場所でした。
岡崎城や岡崎二十七曲がりなど見どころも多く、八丁味噌の名物品もあり、楽しい街道ウォーキングでした😊
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