【伊勢国を行く】街道さんぽ 東海道編 亀山宿〜四日市宿 23キロ

東海道編

電車を乗り継ぎ、亀山宿へやってきました。

鈴鹿峠を越えて伊勢国(三重県)に入って2日目。

今日は、亀山宿から庄野宿・石薬師宿を通り四日市宿までの予定です😊

【亀山宿から庄野宿を経て石薬師宿】

江戸時代、城下町を通っていた東海道も現在は住宅街の中にあります。

所々に昔ながらの建物があり、雰囲気がある道を進みます。

桝形、高札場跡を通り、現在は商店街になっている筋には、本陣跡やお城の門跡などの表示もあって、短い距離の間に見どころが集中しています!!

江戸口門跡を左に進めば住宅街になり、亀山宿の中心部はここまで♬って感じです😊

しばらく進むと、「巡見道」という初めて見る案内板が…

江戸時代将軍の代替わりごとに諸国の政情や民情などを査察する実情調査を行うための巡見使が通った中山道につながる道だとか…

将軍が変わるタイミングでは幕府もピリピリしていて、いろいろ調査する役人を派遣していたんでしょうね!

住宅街を真っ直ぐ進むと、和田の一里塚跡があり、その先には和田道標が立っています。

一里塚は復元されたものですが、1604年に作られたのが最初で、江戸から104里目の一里塚になります。

和田一里塚跡

道標は1690年に建立されたもので、「従是神戸白子若松道」と刻まれています。

三重県内東海道の在銘道標で最古のものだそうです!

そんな貴重なものが、住宅街の道に立ってるのがビックリです😵

和田道標

一本道の街道を進むと川沿いに出て、安楽川に架かる和泉橋を渡り進んで行くと、亀山藩の領界を示す、領界石が立っています。

ここが、亀山藩の東の外れになるんですね😊

亀山藩領界石を過ぎたら、今度は神戸藩領界石と女人堤防碑が…

なんでも…この地は水害が多い地域だったのですが、堤防を作る許可が神戸藩から出ず、女性が作れば罪も軽いだろうと女性だけで築いてしまった堤防があったそうです😵

神戸藩領界石
女人堤防碑

しばらく進むと国道に出ますが、この国道…

横断歩道がなくて渡れません…

国道手前に先に進む順路が書かれた案内板が立っていますので、少し迂回が必要です。

そして、亀山宿から約9キロ歩いて庄野宿到着です♬

庄野宿は現在住宅街になっていて、約800メートルほどのこじんまりした宿場町♬

高札場跡、本陣跡の石碑は立っていますが、古い建造物はあまり残っていません。

「旧小林家住宅」が鈴鹿市の指定建造物になっていて、資料館にもなっています。

文化施設/庄野宿資料館 - 鈴鹿市ホームページ
三重県鈴鹿市の公式ホームページです。国際的な観光都市として知られる鈴鹿市は、産業・経済・文化・市民生活など調和の取れた発展を続け、日本有数のレーシングコースである鈴鹿サーキットがあり、日本のモータースポーツの聖地とも言われます。
広重が描いた「庄野の白雨」

庄野宿を過ぎると国道沿いをしばらく歩きます。

国道沿いから、田んぼ道を経て約4キロで石薬師宿です。

石薬師宿は、四日市宿と亀山宿の間が長いことから1616年に設置された宿場町です。

街道沿いには、歌人で国文学者の佐佐木信綱が詠んだ短歌の中から50首を選んで紹介されています。

石薬師寺 | 観光スポット | 観光三重(かんこうみえ)
広重の石薬師寺宿の図に描かれているのがこのお寺。このお寺の名前から石薬師という宿場の名前も取られた。 ご本尊は弘法大師が石に爪で彫ったといわれる薬師如来像。参勤交代の大名が必ず参詣したという名刹です。 石仏は市指定文化財。 創建年代:726

【石薬師宿から四日市宿】

石薬師宿から約11キロ先が四日市宿。

石薬師宿を過ぎたあたりでお昼時♬

国道沿いにあるレストランで、ビーフカツレツをいただきました!

熱々の鉄板のお皿にサクサクのころもをまとった料理は柔らかくて超美味😊

エネルギーも充填できたし♬

四日市宿を目指します!

国道沿いや国道と並行して伸びる旧道を歩いていくと、東海道101番目の采女一里塚跡があり、その先には日本武尊が足の血を封じたとされる、「血塚社」、弘法大師が村人のために掘り当てた井戸、日本武尊が腰の剣を杖にして登ったと言われる「杖衝坂」と史跡が連続してあります!

弘法の井戸

そこから内部川を渡り、住宅街を抜ける街道を歩くと、次は「日永追分」に出ました😊

日永追分は東海道と伊勢街道の分岐点♬

道標や常夜灯があり、往時の面影を残しています。

この辺りは「間の宿」として、旅籠や茶屋も多かったそうです♬

東海道を旅する人、伊勢神宮に向かう人たちで賑わっていたんでしょうね😊

私が通った時も何人かの観光客が訪れていて写真に納めていました。

日永の追分 | 観光スポット | 観光三重(かんこうみえ)
東海道と伊勢街道の分岐点。小さな緑地が作られ、道標や常夜灯があります。今も往時の面影を残します。

名残の一本松と言われる松の木、日永の一里塚跡を過ぎると、今日のゴール四日市宿です。

四日市宿は湊にも近く、昔から大変賑わっていた宿場町。

ここから、熱田の宮宿まで舟で渡れる「十里の渡し」があったそうです。

この日は近鉄四日市駅からの帰路で、途中から近鉄特急ひのとりに乗って帰りました😊

【歩いてみて】

今回は亀山宿から四日市宿まで23キロを6期間40分で歩き切りました。

道はほぼ平坦で、急な場所は杖衝坂くらいですが、江戸方面に向かって歩く場合は下りになるので、気にする必要はありません。

逆に京都方面に向かい場合は、登りになります。

しかし、距離が短いので、峠を越えるような大変さはありません。

杖衝坂(京都方面への登り坂)

今回の一番の見どころは、日永追分です。

東海道と伊勢街道の分岐点には鳥居や伊勢神宮の遥拝所などがあり、ここから伊勢神宮を拝む旅人も多かったと思います。

途中、コンビニや食事をするお店などもあり、特に困ることはありませんでした。

国道は交通量が多いですが、歩道もあり歩きやすい道が続きます。

日永追分から四日市宿までの道のりには歩道がなく、交通量も多い道を歩きますのでご注意を!!

帰りの道中は近鉄特急ひのとりに乗りましたが快適でした!!

座席のリクライニングは後ろの人を気にせず背もたれを倒せますし、座りごごちも今までの車両とは違いました。

それに…JRで新幹線を使うより経済的♬

これから東海道を東に歩いていきますが、名古屋からひのとりに乗って帰る日が多くなりそうです😆

近鉄名古屋駅に停車するひのとり

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