【遠江国へ】街道さんぽ 東海道編 二川宿〜舞阪宿 22.4キロ

東海道編

朝7時30分JR二川駅に到着。

快晴のもと、二川宿を出発!!

今日はいよいよ静岡県に入り、浜名湖を渡る予定です。

2023年4月

【道のり】

①二川宿〜白須賀宿

朝の二川宿は静かです。

時折、近くを走り去る新幹線の音が聞こえます。

宿場の中をブラブラ歩いていると、大岩神明宮の案内板が目に留まり、街道を外れて寄り道です😆

街道沿いから見える鳥居の近くまで行くと立派な神社が建っていました。

御祭神は天照大御神様。

創建は西暦698年で、織田信長や徳川家康も寄進していたと伝わる歴史ある神社です。

街道に戻って東へ。

ここ二川宿は町全体に江戸時代の宿場の景観が残されています。

宿の案内板が建っていたり宿場を示す置き物や暖簾が家々に飾られていたり♬

すると大きくていかにも歴史がありそうな家屋が見えます。

ここは二川宿本陣資料館。

大名が泊まる本陣、庶民が泊まる旅籠(清明屋)そして宿場で有数のだった田村家の店舗兼住宅(駒屋)が一般公開されています。

本陣、旅籠屋、商家が見学できるのは日本で唯一だそうです!!

残念ながら、ここを通った時は朝が早くて…

外からしか見ることができませんでした💦

桝形になった道を通り、東の見附を過ぎると国道にでます。

ここからしばらくは国道沿いの道♬

国道には歩道があるので安心して歩けました😊

東京までの距離を示した案内表示が立っています。

残り287.3キロ!!

もうあと287キロと考えるのか…

まだ287キロと考えるのか…

どっちにしてもまだまだ道のりは遠いです😆

この国道沿い、畑が広がる場所になっていて遠くまで見渡せます!

しかし、江戸道中記にはこの区間のことを「夜道可慎」と記載されているとか!

夜は物騒な道だったそうです。

確かに現在でも街道沿いには民家は無く、往時の夜道は怖かった区間なのがわかる気がします💦

細谷の一里塚を過ぎて、国道を右に外れて進むと、境川という小さな川を渡ります。

川に掛かる橋は境橋。

ここを渡ると遠江国(静岡県)!!

橋には県境を示す案内表示があり、思わず写真をパシャ!!

静岡県に入りました!!

境橋

県境を越えてしばらく歩いた所が白須賀宿入口です♬

白須賀宿は小さな宿場町ですが、火除地の案内板があります。

なんでも、津波の被害を防ぐため1708年に宿を潮見坂の下から、坂上に移転したそうですが、今度は冬場の西風が強くたびたび火災が発生し、大火になることもあったそうで、火事を食い止めるために土壁や火に強いマキが植えられて延焼を防いでいたそうです。

緩やかな上り坂を歩き、宿の東口である桝形がある場所までが白須賀宿。

本陣跡や問屋場跡の石碑が残っていますが、現在は住宅地になっていました。

②白須賀宿〜新居宿

潮見坂と呼ばれる坂を登りきると、その名のとおり…

ジャーン!!

太平洋が見えました!!

京都方面から歩いてくると初めて海の見える場所。

この辺りで昔、家康が武田勝頼を滅ぼして尾張に帰る途中の信長を茶亭を設けてもてなした場所だそうです。

明治天皇も立ち寄られた場所で、海が見える景色は素晴らしい!!

坂を下る途中には、「おんやど白須賀」という休憩施設もありちょっと一休みです😊

坂は急な下り坂になってきます。

これ、東京方面から歩いて来ると結構な上り坂💦

潮見坂を下りきると案内板が立っていて左へ進んで次の新居宿へと向かいます。

ここからしばらくは住宅街や畑を眺めながらの直線の道♬

途中明治天皇が、豊橋から新居へ進まれる時に休憩された場所や松並木、室町幕府6代将軍足利義教が立ち寄って紅葉を愛でたとされる紅葉寺跡があります。

松並木が残る道

車が多く走る道路に出てすぐのところには、源頼朝が上洛の折り、茶の湯に用いたとされる「風炉の井」があり、さらに進んで新居宿西境の「棒鼻跡」といわれる桝形を過ぎると新居宿に到着です♬

新居宿の本陣前を右折すると、紀伊國屋と書いた旅籠があります。

ん???

遠江国に紀伊國屋という名前の旅籠???

なんだか不思議な感じです。

あとで調べてみたら…

徳川御三家、紀州藩御用宿を務めた縁で紀伊國屋という屋号にしたそうです。

現在の建物は1874年の大火の直後に建替えられた建物が残っていて、宿場文化を伝える資料を展示しています。

紀伊國屋の先には大きな門と高札場があります!!

ここは新居の関所があった場所。

江戸幕府が設けた関所の中でも重要な位置付けだった関所です。

江戸時代の旅人になった気分で高札場跡を通り門をくぐると、左には役人が詰めていた大きな建物が復元されていて、通行人を厳しくチェックしていたんでしょうね!!

無事関所を通ったころ時刻はお昼時。

ランチタイムをすることに♬

しばらく街道に沿って歩いているとインドカレーのお店が目に止まりました😊

今日のランチはカレーということで😆

サラダと大きなナンと2種類のカレーがセットになった料理を注文し腹ごしらえです♬

③新居宿〜舞坂宿

お腹を満たして今日のゴール地点である舞坂宿を目座します。

一直線に伸びる国道に沿って進むと…

そこが浜名湖である案内表示が!

江戸時代は舟で浜名湖を渡っていましたが、今は橋がかかり歩いて渡れます。

左には文明の力である新幹線が物凄いスピードで浜名湖を渡っていきます。

浜名湖を渡るには3本の橋を渡りますが、その間の景色も素晴らしい!!

天気も良いので湖面がキラキラ輝いています。

3本の橋を渡ると舞坂宿到着です♬

舞坂宿は、浜名湖を渡る今切の渡場があった場所です。

渡船場は大名や幕府の公用役人が使う北雁木、庶民用の本雁木、荷役用の南雁木の3箇所に分かれていたそうです。(雁木=がんげ)

北雁木の石畳

西町常夜燈が立っている場所を左折したら舞坂宿の中心部♬

今は住宅街になっていて、本陣跡などの石碑が立っているだけです。

西町常夜燈

国道を渡ると、ここにも立派な松並木が残っています。

ホント、東海道は松並木が多く残っていますねぇ!

海の底から天気の変化を教えてくれた浪小僧

松並木を過ぎればJR舞阪駅が近づきます。

区切りが良いので今日の旅はここまでとしました。

【見どころ】

①二川宿本陣資料館・旅籠屋(清明屋)・商家(駒屋)

二川宿にあった本陣や旅篭家、商家の3ヶ所を見学できる日本で唯一の施設です。

江戸時代の交通や地域の歴史文化を見ることができ、体験コーナーもありますよ😊

二川宿【本陣資料館・旅籠屋(清明屋)・商家(駒屋)】
東海道二川宿は、江戸日本橋から33番目の宿場。現在でも江戸時代の町割りがほぼそのままの状態で残されています。大名の宿である「本陣」と、庶民の宿である「旅籠屋(清明屋)」に加え、宿場で有数の商人だった田村家の店舗兼住居の「駒屋」が平成27(2015)年より一般公開され、本陣・旅籠屋・商家の3ヶ所が見学できる日本で唯一の宿...

②潮見坂

京都方面から歩いてくると、初めて海が見える場所です。

昔は富士山も見ることができたそうです♬

潮見坂|湖西・新居観光協会【公式】
静岡県湖西市の観光情報を発信する湖西・新居観光協会の「観光スポット・施設」ページです。浜名湖や湖西連峰、新居関所などの観光スポットやホテル、グルメ、イベント情報など、湖西市の観光・旅行に役立つ情報を掲載しています。

③新居宿旅篭紀伊國屋資料館(市指定文化財)

新居宿にあった徳川御三家紀州藩御用宿。

明治の初めに再建された建物ですが、江戸時代の建築洋式を残している資料館です。

新居宿旅籠紀伊国屋資料館【市指定文化財】|湖西市
紀伊国屋は新居宿にあった、紀州(和歌山)藩の御用宿です。江戸時代、関所を出た新居宿内の東海道沿いには20数件の旅籠(はたご:現在の旅館)が軒を連ねました。 紀伊国屋の創業ははっきりしませんが、主人が紀州の出身で、江戸初期に新居に移り住み茶屋を営んだのが始まりといわれます。昭和戦後...

④新居宿関所跡

日本で唯一現存する関所です。

中山道を歩いた時に福島の関所跡を通りましたが新居の関所跡は大きい!!

福島の関所は山あいにあるので規模は小さいですが、厳しさを感じました。

新居の関所跡は大きくて幕府の威厳を感じることができました!!

新居関所/新居関所史料館|湖西・新居観光協会【公式】
静岡県湖西市の観光情報を発信する湖西・新居観光協会の「観光スポット・施設」ページです。浜名湖や湖西連峰、新居関所などの観光スポットやホテル、グルメ、イベント情報など、湖西市の観光・旅行に役立つ情報を掲載しています。

【歩いてみて】

二川宿から舞坂宿まで22.4キロを6時間30分かけて歩きました。

天気もよく見所も満載!!

潮見坂から見る海には感動しましたし、新居の関所跡では江戸時代の交通の厳しさと幕府の威厳を感じました。

江戸時代は舟で渡っていた浜名湖は現在では橋で渡ることができ、キラキラ輝く湖面の上を、新幹線が走り去る利便性も感じることもできました。

道は白須賀宿辺りから上り坂になりますが、苦もなく上ることができます。

お店は宿場と宿場の間は少ないですので、飲み物など軽い飲食物は持参したほうがいいと思います。

ここまで東海道を歩いた中でも印象に残る一日となりました。

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