訪れる宿場町…守山宿・草津宿
JRと近江鉄道を乗り継いで、前回のゴール武佐駅に到着したのは、朝の8時。
暑い季節になって来たので、午前中の涼しい時間帯に距離を稼ごうと、家を出る時間がだんだん早くなってきています💦
【武佐宿から鏡の宿へ】
武佐駅を出て、近江鉄道の踏切を渡り、真っ直ぐの道を歩いて行きます。
次の守山宿までは約16キロの道のりです。
国道に出る手前に、住友財閥の中興の祖といわれた「伊庭貞剛邸跡」が、今は広場となって残っています。

国道に出て左へ。
ここからしばらく国道沿いを歩ます。
国道には歩道もあるので、歩きやすいです!!
旧馬淵村から、国道を少し外れて日野川に突き当たます。
江戸時代、ここは舟で川渡しをしていましたが、川沿い歩いて国道に出て橋を渡ります。


橋を渡って、今度は川沿いを戻るように歩き、村野の中を進んで行くと、西横関の交差点。
ここには、東海道の水口に抜ける水口道の道標が立っていました。

この先に「鏡の宿」があります。
【義経ゆかりの鏡の宿】
鏡の宿は、江戸時代、幕府が制定した宿場町ではありません。
もっと昔!
平安時代中山道との呼び名ではなく、東山道と呼ばれていた頃の宿場町です!!
早朝に京の都を出た旅人の多くが、最初に宿泊地としていた宿場町!!
えーーー!!
京都からここまで40キロ近くあります!!
すごい!!
私のペースならまる2日で工程です💦
旧街道の両側には「○○跡」と書かれた案内が多数残っています。

そして鏡の宿は源義経ゆかりの地。
牛若丸だった頃、鞍馬山を抜け出し、ここ鏡の宿で、元服(武士が成人になる儀式)を行ったと言われています。



【京発(た)ち守山泊まり・守山宿】
野洲川を渡ると守山宿です。

江戸時代、東下り(江戸に向かう旅人)では「京発ち守山泊まり」と言われていた、京都から最初の宿泊地として栄えた宿場町です。
比叡山延暦寺の鬼門である東方を守るために、東門院が建立され、「比叡山を守る寺」から守山寺と名付けられ、守山の語源となったそうです。
京都から守山まででも30キロはあります。
昔の人はそれを毎日続けて旅をしていたのでしょうか!?
私には無理かも…
約1300メートルの宿場内には、古い町並みが残っていて、食事や休憩する場所もあるので、街歩きができますよ♬



守山宿を出ると、次の草津宿までは約5.5キロの道のり♬
主に住宅街を歩いて行きますが、途中…

この町は、十王寺という浄土寺院があり、閻魔大王を祀った寺院があるそうです。
そして、住宅街を通り、JRのガードをくぐると今日のゴール地点、草津宿に到着♬
草津宿の中心部は、次回歩くことにして、JR草津駅へと向かいました。
【歩いてみて】
武佐宿から草津宿までは、国道8号線につかず離れずの道のりでした。
国道沿い、住宅街を通ることが多く、歩きやすかったです。
源義経ゆかりの鏡の宿近くには、道の駅もあり、休憩するには持って来いの場所もありました。
鏡の宿から少し外れた場所には、義経との壇ノ浦の戦いで敗れた、平宗盛・清宗親子の胴塚もありました。
この地で斬首されたそうですが、何か意図があったんでしょうかね?
義経が元服した地の近くで斬首するのは…
源氏と平氏の因縁を感じさせられました。
守山宿は、古い建物も多く残っていて、歴史を感じさせてくれる宿場町でした!!
東京日本橋から、「中山道」と呼ばれる道は、草津宿まで!!
ここ草津宿からは東海道と合流し、京都を目指します!!
長い長い中山道の道のりも今日で最後となりました。
しかし、中山道のゴールも京都三条大橋になっていますので、このまま東海道を歩いて京都三条大橋を目指したいと思います。

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