五街道のうち、東海道と中山道を踏破して、残るは日光街道・奥州街道そして甲州街道。
次に選んだのは甲州街道です。
甲州街道は東京日本橋から東京都・神奈川県の北端を通り山梨県、そして長野県の下諏訪宿までの約220キロ、44の宿場町がある街道です。
今は「甲州街道」と書きますが、江戸時代の初めは「甲州海道」と書きました。
1716年、海の近くを通らないのに「海道」はおかしいということになり、「甲州道中」に変更。
明治政府が「甲州街道」に改名したそうです。
長野県に向かう道のり。
登りの道が多くなると思います…
今までの経験でなんとかなるか!!😆
と思っての出発です。

2024年3月
【道のり】
①日本橋〜内藤新宿
日本橋から始めるのは2回目です。

朝8時に日本橋到着。
その時間、3名の方が記念撮影をされていて、私の前を歩き始めました。
その方々は、日本橋交差点を直進。
東海道を歩かれるのかなぁ…
話は変わりますが、橋には入口と出口があるのをご存知ですか?
橋には入口と出口があるんです!!
昔は、すべての道路の起点が東京日本橋でしたから、日本橋に近い方を入口。遠い方を出口とされていました。
そして、橋に書かれた表記の仕方も違います。
入口側は漢字で、出口側はひらがなで表記されているそうです!!
日本橋も入口側が漢字、出口側はひらがなで書かれています。
また、ひらがな表記の場合、「〇〇ばし」とはせず、「〇〇はし」と書くそうで、これは川が濁らないようにとの意味があるそうですよ!!

3名の方達を日本橋の交差点で見送り、私は右へ。
東京駅日本橋口から丸の内側に抜ける通路を通ります。

大丸脇に北町奉行所跡の石碑が建っているとのことで、街道を少し外れて石碑を捜索♬
北町奉行所と言えば、時代劇でお馴染みの遠山の金さんがお奉行様をしていましたね😆
因みに、南町奉行所は現在のJR有楽町駅付近にあったそうで、こちらのお奉行様で有名なのが、大岡越前ですよね😆

丸の内側から皇居に出て、皇居の周りを時計回りで歩きます。
日比谷交差点を右折。
桜田門や国会前を通って、半蔵門交差点を左折し四谷方面へ。



四谷駅そばには、江戸城外堀の石垣が残っています!

内藤新宿に向かう途中には四谷大木戸跡の碑があり、新宿御苑のそばを歩いて、青梅街道との追分、新宿3丁目に出ました。

ここを直進すれば青梅街道、左折すると甲州街道です。
甲州街道一番目の宿場、内藤新宿に到着でーす😊

新宿4丁目交差を右折。
JR新宿駅前を通って、西へ向かいます。

②内藤新宿〜下高井戸宿・上高井戸宿
国道20号線の脇を歩いていると、途中から首都高速道路が国道の上を覆い被さったように繋がっています。
なんだか空が見えないなぁ…って感じの道が続きます。
幡ヶ谷・笹塚は下町!!って感じです😆
笹塚は東京勤務の時に会社があったので、とても懐かしい感じ♬
笹塚の地名の由来と一里塚跡を通って国道沿いを西へ西へ。

明治大学の前を通って、お寺が立ち並ぶ道を歩いて、下高井戸宿に入ります。
下高井戸宿には、宿場に関する案内表示は残っていませんでした。
下高井戸雨宿から上高井戸宿までは2キロ弱と短いです。
鎌倉街道との追分を通り、下高井戸宿の一里塚案内板を過ぎると、上高井戸宿はすぐそこ♬
ここまで4時間半の歩き旅でした😊
【歩いてみて】
今日は、東京駅付近のビジネス街、皇居周辺、四谷・新宿の繁華街、幡ヶ谷・笹塚の下町を通る道のりでした。
大都会のせいか昔の案内表示が少なかったのが残念…
ここまでは平坦な道で歩きやすく、お店もいっぱいあるので、補給に困ることはありません。
街道歩きの楽しみは、これからかなぁ♬って感じです😊

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