【歩行困難!!琵琶崖(迂回路あり)】街道さんぽ 紀州街道編 4日目 南海電車井原里駅〜山中渓 15キロ

紀州街道

8月も終わりが近づいてきましたが、まだまだ暑い💦

しかし天気は快晴♬

この日も朝早く家を出発し、電車を乗り継いで井原里駅へやって来ました♬

【熊野街道と合流】

前回歩いた後で気付いたのですが、南海電車鶴原駅と井原里駅の間で、熊野街道と紀州街道が合流しています。

ここからJR阪和線紀伊駅(和歌山県)付近まで二つの街道は重複区間となります。

熊野街道は、摂津国渡辺津(大阪市中央区天満橋)を起点に、熊野三山への参詣に利用された街道で、紀伊路とも呼ばれています。

近世以後は紀伊田辺を境に、紀伊路・中辺路と区別され、中辺路は、世界遺産の一部として登録もされています。

【信達宿に向かって】

井原里駅からしばらく行くと、「佐野王子跡」があります。

熊野街道九十九王子社の一つで、後鳥羽院や後白河院ゆかりの神社があった場所です。

王子とは、熊野古道沿いにある神社で、参詣の途中で儀式を行う場所だそうです。

犬鳴山への道標がありました。

明治期の道標だそうで、犬鳴山は現在もお不動山や温泉があり、名勝となっています。

泉佐野市役所付近から、関西空港に繋がる関空線・関空道の高架をくぐると、古い家並みがしばらく続き、視界がひらけ畑が広がるのどかな雰囲気の道となりました。

畑の間の一本道を進んで行くと、「安松八丁畷の石地蔵」というお地蔵様が安置されています。

1363年の年号が刻まれており、今まで旅人を見守ってきたお地蔵さま♬

昔、大阪の人が追いはぎにあいかけて、このお地蔵様のところに隠れて難を逃れたということから、一層信仰する人が増えたそうです♬

安松八丁畷の石地蔵

さらに進んで、古い住宅街を通り、

樫井川沿いには大坂夏の陣の最初の合戦があった「樫井古戦場跡」が。

大阪城から遠く離れたこの場所が、夏の陣最初の合戦場だったとは!!

今日も勉強になりました!!笑笑

この辺りから道が少しずつ登りになって来ました。

【途中にあった海会寺跡】

泉佐野市から泉南市に入ると、海会寺跡という大きな広場がありました。

ここは白鳳時代に建立された巨大寺院跡で、国の史跡に指定されています。

白鳳時代って…大化の改新(645年)〜平城京遷都(710年)の間。

え〜っ😵

そんな時代の寺院跡!!😵

建物は残っていませんが、奈良の法隆寺と同じ伽藍配置を採用した寺院だったらしく最古級のもので、数多くの寺院が立ち並んでいたそうで、大和朝廷と密接に関わっていたとのこと!!

紀州・熊野街道沿いには、すごいものがあったんですね!!

【信達宿】

海会寺跡を過ぎれば、信達宿です。

ここは、和泉南部では最も栄えた宿場町♬

熊野詣の人たちで賑わったそうです。

後鳥羽上皇や、藤原定家なども泊まった記録がある信達宿。

本陣跡や、旅籠跡、常夜灯が残っていて、昔の宿場町を感じさせてくれます。

街道沿いには名所案内が設置されていますので、旧所名跡を見て回れますよ♬

本陣跡
常夜灯子

この常夜灯、紀州街道と長慶寺への道・市場稲荷神社への道(信長街道)が交差しているところで、信長街道の起点となっています。

江戸時代から平成4年まで約200年間常夜燈講の人達に守られて来たとのことで、街灯がある時代になっても続いていたとはすごいことです!!

現在は、電気によって自動点灯になったそうですが、今でも常夜灯の役目を果たしているとか♬

【歩行困難!!琵琶崖】

緩やかな登りが続き、山が近づいてきました。

和泉鳥取駅近くにある鳥居を過ぎてしばらく行くと、左外れて川沿いに進みます。

ここからが紀州街道最大の難所琵琶崖です。

昼間でも薄暗く木々が生い茂っています。

江戸時代には参勤交代でも通った道だそうですが…

こんな道大名行列が通ったのかと思うぐらい狭くて…

そしてここが琵琶崖!!

昔、琵琶法師が琵琶を背に熊野詣をする途中、突風で、崖の下の山中川に転落し、亡くなったとか…

それから谷底を流れる水音が「コロン」「コロン」と琵琶を奏でるように聞こえるので、この名前が着いたそうで…

この崖、とても危険でロープもありませんでした。

滑りやすい足元。

崖の下は山中川!!

手と足を使って四つん這いになりながら通りました😵

この道、現在は廃道になっています。

和泉鳥取駅付近を左に外れず、直進した道が迂回路になっていますので、そちらを通ることをお勧めします。

なんとか琵琶崖を通り、薄暗い山道を抜けると、住宅街が広がります。

住宅街にある公園前に、地蔵堂王子があります。

住宅街を進んで、車が走る大きな道を左折(この道が琵琶崖を迂回する道)

緩やかな山道を歩きます。

舗装された綺麗な道なので難なく歩けます。

天気が良くて気持ちがイイ〜♬

馬目王子を過ぎてしばらく歩くと、山中の宿場町に到着♬

左に行くと山中宿
山中宿北の入口

【山中宿】

山中宿は、古くは平安中期から熊野三山に向かう道にあって、山中川沿いに家が建ち始め、平安から江戸時代にかけて発展した宿場町です。

旅籠も本陣もあり、紀州徳川藩の参勤交代時には、近隣より3000人もの人夫、助人が、この山中宿に集まりました。

現在の山中宿は、石畳が敷かれ整備された道で、とても歩きやすく、古い街並みが保存されていて😊

あっちこっちで写真を撮りまくっていました!!笑笑

食事をする場所や、休憩する場所もあるので、ゆっくり散策できます♬

旧庄屋屋敷(江戸時代中期の建物)
本陣跡地

宿場の南の入口には、道祖神が祀られていて、今も宿場を守っておられます♬

山中宿を出たところに、JR山中渓駅があります。

今日の旅はここまでとし、次回この先にある尾ノ山峠を越えて和歌山城を目指して歩くことにしました!!

【歩いてみて】

今日も名所・旧跡を見ることができました。

樫井古戦場跡・海会寺・信達宿・琵琶崖・山中宿…

一番印象に残っているのは、琵琶崖!!

現在は廃道になっているせいか整備もされていませんが、あんな危険な崖の道を大名行列が通っていたなんて!!

想像ができません!!

道は、樫井古戦場跡から緩やかに登っていますが、舗装されていて歩きやすい道です。(琵琶崖辺りを除く)

ここでも知らなかった大阪の旧跡を訪ねることができ、楽しい旅ができました!!

次回は紀州街道最初で最後の県境越え。

紀州街道最後の旅となります!!

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